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訳者あとがき(もしくは中途がき)

「あとがき」と言っても、これで終わりというわけではないのですが・・・毎回読む のを楽しみにしているオランダ日記(翻訳を承ってからは野放しに楽しみと言えない 時期もありましたが!)、今年の終わりまではぜひ続けてくださいね、朋子さん!私 も翻訳を続けます。
なんといっても朋子さんの日記は面白くて(ときにとぼけた、ときにめちゃくちゃ冴 えている、まさに朋子節ってかんじ?)、読み始めたときからすっかりはまっていま した。なので翻訳作業も、予想以上に時間がかかってしまったにも関わらず(そして 自分の英語力に悩む以外は)とても楽しい作業、さらに発見にあふれた作業でした。 朋子さんの日記を読んでいると、ときどき、朋子さんってこんな風にものを見てるん だと、はっとさせられることがあります。それを私はすごくペインターらしい物の見 方だなあと感じるのですが、同時にそれが朋子さんの場合、ある特殊な人々の物の見 方なのではなく、私たちにも開かれたものの見方なんだと感じるのです。ペインティ ングというものが、「芸術」というある特殊な、聖域のものではなくて、とっても身 近なものなんだなと。美術館に収められた絵を見ているときとは全く違った、絵画の 日常性を・・・というと硬いですね。「絵を描く」ということが、身近に感じられま した。
絵でもビデオでも彫刻作品でも、それが美術史の中のある特定の問題意識からできあ がっていることが特に現代美術においては多いような気がします。そのようなある意 味内輪の問題意識のみで成立している作品を見ていると、まるで勉強させられている みたいで、残念ながらあまり面白いとは感じられません。だけど、その作品が、特定 の美術史の流れを汲んでいても、それが同時に私たちにも開かれているとき、その作 品は私たちに迫ってくる。これと同じようなことを、私は朋子さんの日記を通して感 じました。
朋子さんの日記を読んでいると、絵画がすごく日常的なものに思えてきます。だけ ど、だからと言って誰でもピカソってわけじゃないんですよねえ。朋子さんの絵を見 ているとつくづくそう感じます。彼女の作品は、本当に素晴らしいです。彼女の才能 を感じます。(普段の朋子さんのおとぼけ具合を見ているとなおさら・・・?) 私自身は、例えば犬・猫の話とか、どこかへ出かけた話とか、そういう日々の出来事 の翻訳のほうがどちらかといえば上手にできたと思っていたのですが、下書きの段階 で見てもらった相方には、そっちのほうが読みづらく、むしろ作品について書いてい るときのほうがわかりやすいのだとか。難しいもんですね。作品についてのときは、 意識的に頭を整理しながら訳しているからでしょうか、それとも普段英語では硬い文 章ばっかり書いているからでしょうか。意外な発見でした。
私は朋子さんとの出会いをとおして、林道郎著『絵画は二度死ぬ、あるいは死なな い』に出会い、それがきっかけで、ある現代作家の作品と絵画を比較した拙論を書く に至りました。絵画と小説、このいわば「時代遅れな」平面の領域での作家たちの格 闘にはどこか共通するものがあるように感じました。翻訳作業と共に、こっちのほう も続けていきたいと思っています。

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