――「あいちトリエンナーレ2019」の余白に記す
去る10月14日に閉幕した「あいちトリエンナーレ2019」をめぐる一連の事象の残響はいまだに消え去っていない。それどころか、文化庁による補助金の不交付決定、ウィーンにおける Japan Unlimited 展に対する外務省の公認取消など、その余波は収束することなく、美術界のみならず、広く表現や研究をめぐる状況全般に暗雲を投げかけている。各地で現況と未来についての思索や行動の輪が広がっているが、ART TRACE もまた、ここまでの事態の推移を精密に見つめなおし、これからの表現や行動の基盤となるであろう問題群を摘出し、さらに指針を模索すべく、トリエンナーレ事件に当事者としてかかわり、現在も活動をつづけている作家二人――小田原のどか、白川昌生――を招き、討議の場を設けることとした。
小田原は、参加作家として独自のスタンスから一連の事象に応答し、今なお決定稿に向けて修正作業が続く「あいち宣言・プロトコル」の作成にもかかわっている。一方、白川は、閉鎖された「表現の不自由展・その後」の参加作家であり、トリエンナーレ再開に向けて大きな働きをした作家集団 ReFreedom_Aichi のメンバーとしても動いてきた。両者には、実制作にとどまらず、社会と歴史と芸術の関係性をめぐって独自の考察を展開してきたという共通点もあり、射程の深い批判的視野から今回の事象を捉えているはずである。
現場を内側から体験した彼らの話を起点にし、さらに美術をめぐる近年の日本及び世界の状況を振り返りつつ、今何が起こりつつあるのか、どのような問題に留意すべきであるのか、そしてどのようにこの落下する世界の中に表現(の自由)を定位することができるのか、様々な角度から議論を展開してみたい。対話者として、上記二人と同じように制作と批評を交差的に実践してきた松浦寿夫、「引込線2019」にかかわり、文化庁に対する抗議声明の起草にも関わった松井勝正(美術批評)、美術評論家連盟の声明にかかわり、トリエンナーレをめぐる事件にも様々な形でかかわった林道郎(美術史・美術批評)を予定している。
小田原 のどか(おだわら のどか)
彫刻家・彫刻研究者・出版社代表。1985年宮城県生、東京都在住。芸術学博士(筑波大学)。最近の展覧会に「近代を彫刻/超克する」(個展、トーキョーアーツアンドスペース、2019)、「あいちトリエンナーレ2019」。最近の論文に「彫刻とはなにか:「あいちトリエンナーレ2019」が示した分断をめぐって」『群像』10月号、2019)、「空の台座:公共空間の女性裸体像をめぐって」(『彫刻 SCULPTURE1』、2018)。主宰する版元から2020年にロザリンド・クラウス『Passages in Modern Sculpture』邦訳を刊行予定(翻訳:中野勉)。 |
白川 昌生(しらかわ よしお)
美術家、美術評論家。1948年福岡県北九州市戸畑生まれ。1981年デュッセルドルフ国立美術大学卒業、修士称号を受ける。1983年に帰国後、群馬を拠点に活動する。 |
松浦 寿夫(まつうら ひさお)
1954年生まれ。画家。武蔵野美術大学教授。近代芸術の歴史/理論。 |
松井 勝正(まつい かつまさ)
1971年生まれ。芸術学。武蔵野美術大学、東京造形大学非常勤講師。 ロバート・スミッソンにかかわる仕事として、論文「《エナンチオモルフィック・チェンバーズ》の立体化」『美史研ジャーナル』2(武蔵野美術大学美学美術史研究室、2015)、共著に『西洋近代の都市と芸術7ニューヨーク』(竹林舎、2017)、『現代アート10 講』(武蔵野美術大学出版局、2017)など。著述以外の活動として「宮城でのアース・プロジェクト:Robert Smithson without Robert Smithson」展(風ノ沢ミュージアム、2015年)など。 |
林 道郎(はやし みちお)
1999 年コロンビア大学大学院美術史学科博士号取得。現在上智大学国際教養学部教授。美術史および美術批評。主な著作に『絵画は二度死ぬ、あるいは死なない』(全7冊、ART TRACE、2003-9)。『死者とともに生きる』(現代書館、2015年)。「Tracing the Graphic in Postwar Japanese Art」(Tokyo 1955-1970: A New Avant-Garde, New York: The Museum of Modern Art,2012)、共編書に『シュルレアリスム美術を語るために』(鈴木雅雄と共著、水声社、2011 年)、From Postwar to Postmodern: Art in Japan 1945-1989 (New York: The Museum of Modern Art, 2012)など。 |