Gal and Ton
2007年11月25日

アムスはもう冬です。毎日自転車をこいでスタジオに行くのが寒すぎます。
大心(ダンナ)はオープンスタジオを3日後に控え忙しそう。
私はスタジオの大規模なリノベーションが終わり、長かった去年からのスランプも去り、ようやく制作モードでうれしい毎日。
今日のドローイングは、アムスでの私の数少ない友人であるイスラエル人アーティストGALと、そのボーイフレンドのオランダ人TONと、大心と私でピザを食べにいったとき、GALとTONが口論をはじめたところ。
なぜかというとふいに始まった2人の口論はとても印象的だったから。
大雑把に言うと、TONがペインターというものの社会的な役割のなさを突然いいはじめ、それをGALは、一人の人間の生において、クリエイトするという行為の役割は決して無視されるべきではないといったのでした。
あまりにも大雑把に見えでも、結局言いたいのはそこだろ?っていうかんじの口論でした。
もちろん私は後者で、そうでなければ私は自分が絵がかけなかったときの苦しさからは抜けられなかったろうと思ったから。Tonのロジックは、つまり、ものづくりそのものには必要ないとはっきりと思えたんでした。
これを読んだ人は何のことやらさっぱりわからないかもしれないけれど、まあ記念の意味でアップしようとおもいました。
それではまたー。