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訳者あとがき
Translator's Afterword

チャリティーイベントも脱原発も

2011年3月26日


昨日、Mediamaticで日本へ祈りと義援金をおくるという趣旨でチャリティーイベントが開催されました。

http://www.mediamatic.net/page/204668/en

オランダに住む知り合いが多く関わっていたのもあって、私も見に行ってきました。
このイベントも、継続的な活動として行われるそうで私も楽しみにしています。


おなじく会場に来ていた友人の何人かは、
「確かに福島の原発は今大きな話題で注目を集めているけど、そこより北にはたくさんの被災者が、まだ着るものも食べものも毛布も足りなく過ごしていることにももっと注目してほしい。」

といっていました。
確かにそうだと思いました。

でも、私は福島より北(福島より南の北茨城にも物資があまり届かないと聞きました。1週間ほど前。)の被災地と、福島の原発事故とをそんなふうに分けて考えることもできないと思いました。


この原発事故は、国際的にも関心が高く、海外メディアでの報道の割合が被災地の状況報告より多くなっていることを受けての言い方でしょうが、
わたしがひじょうに心を痛めているのは、福島で避難生活を送られている方々も地震と津波に遭っています。まだ見つからない家族や友人や大切なものがあったとしてもそれが避難指示区域内であれば探しにも行けない、自分の故郷だろうと立ち入りさえできないということです。
おなじく移動が困難な重篤患者や寝たきりのお年寄りが、避難することで無理な移動をされて亡くなられたというのも大変なことです。

最悪なのは、今起こっているこれら原発による被害は全て人災ということです。
今回の災害の中で原発だけは人間が作ったものだし、
どこに責任があるかといえばそれが、原発にきちんとした反対をしてこられなかった私たちにあるんじゃないかという罪悪感がわたしにはとてもある。
いまこういう人たちを出してしまっているのは今まで原発ヘの懸念を放っておいた私のせいでもあると。

もちろんその間には、政治家や保安院や安全委員会、電力会社やいろいろあります。そこの責任は問われなければいけないけど、同時に、かかわった地元も関係者も不幸になる原発というシステムそのものの是非も真剣に考えられていい。

東北の被災地の方々の困難を放っておけないのと同じく、原発だってやっぱり今関心を持てなかったら、次は別の場所でまたおなじ悲劇がおこる災害じゃないかと考えます。

March 27, 2011 7:52 PM

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