- October 2011
- September 2011
- August 2011
- July 2011
- June 2011
- April 2011
- March 2011
- January 2011
- November 2010
- September 2010
- August 2010
- July 2010
- June 2010
- May 2010
- April 2010
- February 2010
- January 2010
- December 2009
- November 2009
- October 2009
- September 2009
- August 2009
- July 2009
- June 2009
- May 2009
- March 2009
- February 2009
- January 2009
- December 2008
- November 2008
- October 2008
- September 2008
- August 2008
- July 2008
- June 2008
- November 2007
- August 2007
- July 2007
- June 2007
- May 2007
- March 2007
- December 2006
- November 2006
- October 2006
- September 2006
- August 2006
- July 2006
- June 2006
- May 2006
- April 2006
- March 2006
- February 2006
- January 2006
- December 2005
- November 2005
- October 2005
- September 2005
- August 2005
- July 2005
- June 2005
- May 2005
- April 2005
- February 2005
- January 2005
- October 2011
- September 2011
- August 2011
- July 2011
- June 2011
- April 2011
- March 2011
- January 2011
- November 2010
- September 2010
- August 2010
- July 2010
- June 2010
- May 2010
- April 2010
- February 2010
- January 2010
- December 2009
- November 2009
- October 2009
- September 2009
- August 2009
- July 2009
- June 2009
- May 2009
- March 2009
- February 2009
- January 2009
- December 2008
- November 2008
- October 2008
- September 2008
- August 2008
- July 2008
- June 2008
- November 2007
- August 2007
- July 2007
- June 2007
- May 2007
- March 2007
- December 2006
- November 2006
- October 2006
- September 2006
- August 2006
- July 2006
- June 2006
- May 2006
- April 2006
- March 2006
- February 2006
- January 2006
- December 2005
- November 2005
- October 2005
- September 2005
- August 2005
- July 2005
- June 2005
- May 2005
- April 2005
- February 2005
- January 2005
Book Launch + Open Studio @ Orteliusstraat 15, Amsterdam




Book Launch + Open Studio
2011年9月30日

9月も終わりになってから奇跡的に連日25℃を超えるようないい天気がつづき、街中うかれていた週末(どのくらいうかれていたかというと、カギをかけていない自転車が2、3日放置してあってもドロボーが自転車を盗み忘れるぐらい)、
スタジオビルでブックローンチをやりました。
スタジオでやるんだからオープンスタジオもやった方がいいね、ということでオープンスタジオも一緒にやりました。
来てくれた人本当にどうもありがとうねー!
2日目、庭では娘の誕生日パーティーをもよおすアーティスト(すごく興味深い仕掛けをつくっておりました)、夜には数人のアーティストがでっかいBBQパーティーをもよおし、それぞれが夏の終わりを楽しめた最高の週末でした。
楽しかったなあー!
プリペア
アムスでもブックローンチをやろうと準備をしておるのですが。
しかし9月は毎週いくつも面白そうなオープニングがあってなっかなか進みません。しかし、準備をしておるところです。
日本で来てくださった方々、どうもありがとうございました。おかげでたのしい催しができました。
日本でドローイング本を入手したいかたは、
または
のどちらかにお問い合わせいただければ手に入ります。



Book Launch @ Arttrace Gallery, Tokyo
2011年8月19日
あす20日、東京両国のArt Trace Galleryで個展開催中のアーティスト坂光敏さんのご厚意で、坂さんの個展会場で私のブックローンチを行わせてもらえることになりました。17時からです。
![tapeitforamoment_1[1].jpg](http://www.arttrace.org/blog/tapeitforamoment_1%5B1%5D.jpg)
本の詳細はこちら
会場へのアクセスは こちら
当日のイベントとして、坂さんとのアーティストトークというかプレゼンテーションをおこなうよていです。
また、当日40部のみ¥1260(税込)のところ¥500で販売し、その売り上げは東日本大震災の義援金とします。
さらに。
当日20部ぶんまで、アーティスト直筆ビニール袋を用意しておりまして、これに入れてお渡しします(ご希望の方は無地もあります)。

さーらーに!
そのうち3枚は大心が描いたレアもの!キレイです!

興味のある方はお気軽にお立ち寄りください。

ゾンビ2
2011年8月5日
一昨日数人だったゾンビが30〜40人になっているのがバルコニーから見えました。
みなで昼食をとっていました。シチューのようなものが出されていて、銀色の顔の人たちがお皿を持って並んでいました。

ゾンビ
2011年8月2日
私の住む家は、アムステルダムのNoord(ノールト、Northという意味) にあるVan der Pek(ファン・ダー・ペック)というストリートと、Meidoornweg(マイドールン・ウェグ)という2つの大きなストリートに挟まれたブロックうちのひとつにあります。
昨日、今日とそのひとつMeidoornwegは封鎖され、映画の撮影がおこなわれています。
私は、ここ数日留守にしている階下の住人の猫にご飯をやりに、このブロックで共有している裏庭に行くことになっていて、それにはMeidoornwegを通らないと裏庭に入れないようになっていて、ロープの前に立っていたスタッフにちょっと通らせてくれないか聞いてみると、撮影中でなければとおってもいいというのでしばらく待つため立ち話しながら映画のことを聞きました。
彼が言うにはこれはオランダの人気コメディシリーズ(名前を忘れてしまいました。知らないと言ったら驚いていた)の撮影で、今回の映画ではゾンビがでてくるそうで、たしかに向こうで数人のエキストラらしい人がゾンビの歩き方の練習をしています。
見せ場は数百人のゾンビが一斉に主人公をおいかける、というベタというか根強い人気、のそれで(それもNoordのどこか広いところで撮影される。「すごくお金がかかってるよ!」とその人は言う。)、
おそらくはNoordがかつて犯罪者を隔離するために作られたさみしい地域だったという過去をふまえての設定だろうと想像しました。
でその映画、そのアイデアはほとんど宣伝(Noordのイメージアップ)効果だろうとも想像しました。
というのもNoordはいま再開発中で、近所には新しいフィルムミュージアムが建ち、私の住むブロックも10年後にはリアルエステートとなるので、すでにお金持ちそうな人がときどき住宅会社のツアーでこのボロい横町にあらわれます。
確かにここはセントラルステーションから10分たらずという便利な立地でも、その間フェリーに乗ることやそのイメージのおかげで家賃がかなり安いのです。
私が引っ越してくるだいぶ前は、治安もあまりよくなかったと聞くけど。
ところで映画は来冬(2月!)公開といっていたけど、ゾンビは夏のものかと思っていました。
それともゾンビに季節はないんだろうか。というか映像にじっさいの季節など関係なかったかもしれない。
じゃあ、ある季節を感じさせる映像というのはきっと、いろんな代理をうまく立ててあってその季節というものの記憶を触発する、おそらくその季節というものを知らない人にも感じさせる、緻密なオペレーションなのだろうとも思いました。

Artbomb
2011年7月23日
さる2011年6月24日、ちょうど1ヶ月前か、ART BOMBというイベントがおこなわれました。
http://www.artbomb.nl/
自分の好きなアートロケーションでカラードスモークをたくというアイデアは、弱いアピールだという人もいるにはいたけど、私はこのアイデア気に入って参加しました。
きれいな色のついた煙が、あちこちのアートロケーションで一斉に炊かれるなんてステキだし見たいじゃん、とすぐ思いました。
FacebookでART BOMBコミュニティにいくとちゃんとしたきれいなスモーク写真がたくさんあります。
Love In Tokyo
2011年7月16日
5月、ベルリンにカップルで住む友達から、しばらくイタリアに行く彼らの家が空くから使わないかという誘いがあって10日程ベルリンに行ってきました。
その頃ベルリンはまさに初夏のいい気候、私の10日ほどのショートバカンスは非常に楽しかったわけです。
そしてつい先日戻ってきたらしいその友達からメールがありました。
「スモールプレゼントどうもありがとう!ー中略ー V(友達の名前)はキーボードのLove In Tokyoをすごく気に入っていたよ。あれLove In Tokyoっていうの、知ってた?」
といいます。
キーボード? ラブ・イン・トーキョー? としばらく考え、思いだしたのは
わたしは彼らの家に行くのが決まったあとで、古い型のパソコンのキーボードがひとつひとつのアルファベットにバラしてあって、それをを2つゴムに通してヘアアクセサリーにしてあるリサイクル商品をアムスでみつけ、友達の彼女の方(髪が長い)がそれを好きだろうと思ってVの字のものをひとつ買って持っていき、スモールプレゼントとして置いていったことです。
それを、イタリアから帰ってきたVがみつけてとても気に入っている、というかわいい知らせなんだけど「ラブ・イン・トーキョー」とはなんのこと。
どうもヨーロッパの人は何かのことを「ラブ・イン・トーキョー」と呼んでいる。
その人のアルファベットのものを贈ることだろうか。
返信メールで聞いてみてもいいけどそれはせず、とりあえずググってみます。
該当するのはYouTubeにある「Love In Tokyo」というタイトルのBollywood Movieの動画です。
他には特に見あたらず、私の疑問とつながりがありそうもないその動画を「念のため、念のため・・」といいつつ見てみます。
66年、オリンピック後の東京を舞台に踊りまくるインド系の俳優、女優、その頃の日本人たちを見ながら、こういうとき私の頭には「?」マークが浮かび、その形のとおり頭のどこかに引っかかってブラブラしている、そんなかんじがします。

ねーなんだろね〜
マレーネ・デュマのコメント
2011年6月25日
これは、先週の土曜、オランダの新聞NRC Handelsbladにのった、マレーネ・デュマのコメントです。
コメントの前に、補足説明(***)
***オランダでは昨年政権交代がありました。現行政府(反イスラム自由党PVV、キリスト民主アピールCDA, 自民党VVDの連立政権。リーダーの反イスラムPVV党首Geert Wijlderは、街を歩けばナチ!と言われ何か投げられる。)は今年から、オランダの文化予算全体を40パーセントカットするとしていました。
この大きい数字には誰もが驚き、その決断の早さにも怒っていました。
そしてその詳しい内訳が先週発表されると、さらにみなビックリ仰天したなんてもんではありませんでした。
間違いなくオランダが誇っていい、ビジュアルアートのインスティテュートはほぼ壊滅的に政府の援助が2013年をもって打ち切り、の打撃にあうことになります。
アーティスト、インスティテュートの数が多すぎる、というんだそうです。
De Appel(デ・アペル)、Witte de With(ヴィッテ・デ・ヴィス) SKOR(スコール)、 Manifesta Foundation(マニフェスタ・ファウンデーション)Jan van Eyck Academie(ヤン・ファン・エイク・アカデミー)、 De Ateliers(デ・アトリエーズ)、 Rijksakademie(ライクスアカデミー)も例外ではなく、その他まだまだたくさん。
そして反対運動は火がつき、来週月曜の議会にむけて今週末さまざまのアクション、デモンストレーションがおこなわれます。
木曜はStedelijk Museumのカフェで、パネリストを迎えての市民討論。
金曜は世界各地のアート・ロケーションからの自主的参加を募るART BOMB。
日曜はロッテルダムで大きな集会があり、その後ロッテルダムからデン・ハーグまで夜通し歩くデモ行進(Mars der beschaving )が出発して
来る月曜にはデン・ハーグBinnenhof(国会議事堂)前に到着。その横にある大きな広場Malieveldで大きなsave the culture!デモがあります。
いつも大した用事もない私の受信トレイも、膨大な量の反対運動インフォが送られてきています。
そんなこんなでマレーネ・デュマのコメントです。わたしのこなれない日本語にだまされず、彼女の言いたいことを読んでほしい。原文が気になる方は出典のEndless Lowlandsヘ(オランダ語です)。***
http://www.endlesslowlands.nl/?p=3777
マレーネ・デュマ:
その問いは、「私たち(注;オランダ社会の構成員)は今何をすべきか」ではなく、「私たちは経済の中の何を原因とみるか」とするべきです。
アートに対する懐疑と見くだしが、金融危機の本質的な原因を忘れ去るためのスケープゴートをみつけたというように見えます。
私たちが危機に陥ったのは、アーティストやインスティテュート(研究機関)が多すぎたからではなく、経済部門が多くのリスクとともに他から借金したからです。
私はアートをサポートします、それは権利や特権としてではありません。望むべくは、直接おもてだって現れないものの質を正しく評価できる共同体です。効率化から成る考察は、健全な文化の発展を破滅におとしめます。それは無知で利潤だけを見る、貧しい改良です。私たちの民主主義は、一般的でないビジネスを守るようにつくられています。
アートの価値は、経済的なものさしだけで測れるものではありません。でも今それが起こっています。もしアートにおいてマーケットだけが重要なら、その素晴らしさも堕ち私は深く悲しむでしょう。
高名な研究機関を保護するのは、小さな、個人の出資によるインスティテュートや実験的なインスティテュートを保護するよりも楽です。だからこそ政治は真に革新的な研究機関を守らなくてはいけないのです。
私自身のことを言えば、南アフリカで美術学部を卒業したあと、独創的なインスティテュートであるデ・アトリエーズ(注;アムステルダムにあるアーティスト・イン・レジデンス)に選ばれました。そこで当時、私は多様な視点をもった、重要なアーティストたちと対峙しました。それによって私はひとりのアーティストとなる機会をを得ました。だから私はどの若い才能たちにもこの訓練をおこないます。だから私はデ・アトリエーズと関連しつづけることに情熱を持っています。
とはいえ、私は直接の助成を楽しんではいせん。私は、現在の私の立場がそういったものによってできていることはわかっています、国内外の美術館で私の展覧会が開かれれば、政府支援のものがあることも含めて。この効率化政策は私に、直接経済的にも、感情的にも大きく作用します。それはオランダの納税者が、大勢の若者の文化的活動を縮小しようとしていることと同じだからです。
私はすべてのアートワールドについて話しているわけではありません。答えはその問いにもよります。アーティストは自問するものです。
もし、誰しもがあなたのことを好きで、あなたについて支払ってくれたらそれはいいでしょうね。でも、問題の日は、いつも存続のためだけにあるわけではないことは歴史が知っている、なんてこと、誰にわかるのでしょうか。
アートは想像力です。これは挑戦と失敗による、実験と革新のプロセスということを意味します。なぜならアートは、返答の難しい、とても異なるボギャブラリーの考え方で、リアリティーを積み重ねるということに関係するからです。それに、私たちに伝えたいことがあっても、その言葉がメディアで発表されることはあまりないのです。
私は建設的な答えを求め続けます、私が維持したいと願う政府が解体するまでの間。
June 25, 2011 10:36 AM
こん週末のこと
2011年4月10日
こん週末は、ひじょうにいい天気でした。
わたしはスタジオにフォトグラファーを呼んでの撮影を予定していたのと、
私のスタジオビルの中庭、200平米ぐらいのけっこうな広さが荒れ地のままだったのをテナントのアーティスト皆でガーデンにする作業(石を取り除き、雑草を抜き、土を耕し、肥料を混ぜ種をまく。BBQのかまどをつくる)が行われたのと両方あったため、両方同時にやる、という忙しい日になりました。
でも庭で体を動かすのは気持ちがよかったし、写真をきれいに撮ってもらえたのも良かったです。
荒れ地を庭につくりかえる作業のリーダーは、私の隣のスタジオのRuneというアーティストで、
この人はオランダの現政権で採決された今年からの文化予算50%削減案の反対運動のリーダーのようなこともしています。
http://www.platformre-set.nl/manifest-nl/
Runeは庭作りもよく知っていてプロフェッショナルなかんじでした。
話は変わって、私がオランダに来て1年ぐらいたった頃に、Miekeという友達、私より1年先にライクスにいたアーティスト、と話していて、何かのついでに話が日本の社会と若い人たちとのことになりました。
「私興味あるんだけど、なぜ日本の若い人たちは社会に不満があっても黙っていて、自分たちの主張をしないの?たとえばデモ行進するとか集会をひらくとか」
と彼女にきかれ、そういわれればそうだけど、なんでだろう、と考えました。
わたしも日本でデモにいったことはなく、反原発集会&ライブというのには高校生の頃(20年前ですもう)日比谷野音に見に行ったことがあったけど、それはタイマーズが出ていたので行ったのでした。
日本にも60年、70年代には日米安保条約反対への学生を含んだ大きな反体制運動があったよ、それが一大ムーブメントとなったあと突然消えてしまったという話は聞いているし、その突然消えたことへの不信感が大人にはあって、若い人にも諦めの感じとして根強く伝わっているんじゃないのかと思う、というのがそのときの答えでした。
のちにそれは日本人のgreat hesitationでしょうと言う人もいました。
同じことをSemaと話していた時(SemaもRuneとおなじ反対運動グループで活動している)、「日本は大国だからでしょう」と言っていました。
どういうことだろう、サイレントマジョリティの数が多いと政府がそれを利用するという意味だろうか。
ユトレヒトという街に住んでいた頃は、ドイツ系オランダ人のフラットメイト(学生)から、ドイツのライプツィヒで学生によって始められた、教会でろうそくをともして集まる非暴力運動から始まった集会が、後にベルリンの壁の崩壊に至ったのだということを誇らしげに話していたのも聞いたことがあります。
そんなふうに聞く度に「そうなんだ・・」と思うだけでした。
でも今回の統一地方選挙の結果を受けて、大心は都民じゃないけど石原都知事4選にとても落胆していたのだけれど、
原発政策だけを見るなら、脱原発政策をかかげた候補の得票数を合わせればとても多いのだし、脱原発意識は十分に高くはないかとも考えられます。だから方法は出てくるようにも思います。
日本のような国での原発依存は、投票しただけで済むものではなく選んだあとも、市民が自ら作る気で草の根運動を続けないと、ただでさえすぐには実現しないのだし、これからも重要な住民運動として考えて参加して発言すればいいのだ、統一地方選挙選挙後にもデモはあるし、もちろん私もいって何かしてくるけどそれでいいか、と励ましました。
ところで写真を撮ってくれたTon、これはチャリティーにするのだといったら、様々な費用をうけとらず日本の人たちに寄付してくれと言ってきました。何てえらい子・・。
代わりにといって、撮影中かけていて気に入ったというクレイジーケンバンドをコピーして持っていきました。
庭のほうもみんなで作業をしたせいかだいぶはかどって、夕方にはそれぞれの家族や子供も呼んでBBQをしました。
やっぱり放射能のない暮らしの方が良いと思った1日でした。
